室町幼稚園の歩みと沿革
室町幼稚園は、大阪府池田市に発足し89年。
本園は「幼児教育こそが教育の原点である」という理念の下、心身ともに健やかな園児の育成を目指し、幼稚園経営を続けてまいりました。
こちらでは、本園の発足から今日までの幼稚園経営の歩みと沿革についてご紹介いたします。
室町幼稚園の歩み
こちらでは本園創立のきっかけから、今日に至るまでの歴史をご紹介いたします。
創立当時の室町幼稚園の前身「家なき幼稚園」の信条は、時代を超えて本園の理念として今も息づいております。
本園の教育理念・方針をご理解いただくためにも、ぜひご一読ください。
家なき幼稚園設立の動機
室町7丁目在住の橋詰良一氏は、室町幼稚園の前身「家なき幼稚園」の設立者である。
同氏は、大阪毎日新聞事業部長。外遊中に病気を患い、家での療養中に家庭の中での大人と子どもの要求や希望の隔たりの大きいことを実感した。そして両者が同居することは双方にとっての不利であることを痛感された。
橋詰氏は、著書「家なき幼稚園の主張と実際」の中で次のように語っている。
「子どもは子ども同士の世界に住まわせ、家という建物の枠から開放して、自然の中で育てるのが何よりの幸福であると思いついた。これが家なき幼稚園設立計画の最初である」。
子ども同士の世界の中で、子ども自身が、自覚、自省、自衛、互助、娯楽する世界を提供するというのがその主旨である。
その主旨に基づき、屋外保有をモットーとする「ハウスレス・キンダーガーデン」という外国の幼稚園にヒントを得て、五月山を背に猪名川の流れを控え、北摂の野に臨み、自然の条件に恵まれた「家なき幼稚園」を設立する計画が立てられたのは、大正10年のことであった。
家なき幼稚園
大正11年春、橋詰良一氏は、大阪毎日新聞社長 本山彦一氏の賛同を得て、室町の200戸に趣意書を配布。 同新聞社後援のもとに「家なき幼稚園」は、呉服神社の社前において開園された。
当初のスタッフは、園主の橋詰氏が園長を兼ね、女性の先生が3人とお手伝いの女性の総勢5人。それに対して、園児の申込書は予想をはるかに超えて60人ほどであった。雨天や酷暑の日には、園児を絵馬堂に集めていたが、建物が古くて危険なため、大正12年3月、鳥居の外の空き地に12坪ほどのバラックが建てられた。当時の設備は黒板と積み木ぐらいで、遊戯や唱歌は乳母車に乗せたベビーオルガンを社前の広場に運んできて教えた。晴天には満寿美草原や猪名川の川原へ出かけたり、庭の広い家の招待を受けて遊ばせてもらったり、ときには、おみやげまでもらって帰ることさえあった。
池田自然幼稚園
家のある幼稚園になり、名称変更が話題になっているとき、姉妹園の一つ(大阪園)が通園自動車の許可を受けるのに、幼稚園令によって「家なき幼稚園」では認可されないので、名称変更の必要に迫られた。
これを機に、全姉妹園(7園)を自然幼稚園に改め、本園は「池田自然幼稚園」と改称した。昭和4年から7年の間のことである(ちなみに本園の姉妹園は宝塚・箕面・十三・雲雀丘・千里山・大阪の6園)。
室町幼稚園
昭和9年6月橋詰良一氏の死去により、朝日新聞社企画事業部次長である辻村又男氏を園長に推した。
その後、幼稚園経営は室町クラブに移され、昭和11年室町会会則が制定された。室町会は幼稚園の会計事務所をつかさどることになり、室町婦人会と密接な関係を持つようになる。粗末であった当時の園舎を改築し、昭和15年に名称も三たび改められて「室町幼稚園」となった。
社団法人室町幼稚園
戦時中一時沈滞気味であったが、昭和25年に室町会は社団法人の認可を受け、初代理事長に高田象一氏が就任した。
定款中の主な事業の一つとして幼稚園の充実があげられ、翌26年、阪急電鉄から園地31坪(約100m2)の無償譲渡を受け、運動場敷地104.8坪(339.6m2)を買収した。
昭和27年7月31日、本園は学校教育法第4条による私立幼稚園として認可され、翌年園舎の新築と増築が行われた。昭和31年11月17日、理事長井上道夫氏により、創立35周年記念式典を挙行して、園歌を制定。作詞は園長の岡野冨美子先生である。
昭和41年12月には、これまで何度か増改築を重ねてきた木造園舎の大半を、井上氏によって鉄筋2階建(建坪146.56m2)に改築した。
学校法人 室町学園 室町幼稚園
昭和52年当時の園長土田素道氏から「幼稚園経営の将来性と大阪府の行政指導の面から、学校法人化を考える必要がある」との意見が出て、5カ年計画による学校法人化の準備に取り掛かることとなった。
当時はまだ財政的に豊かであり、園児数も多く、経営は順調であったが、出生率の低下など、将来への問題点が予想される段階であった。昭和54年にいたって、57年までに学法化を達成しないと、府の経常費補助金が打ち切られることになる。それでなくとも本園では園児減少で経営困難になるとの焦燥感にかき立てられていた。急遽室町会総会において一応同意は得たが、再度55年の総会にも諮り、意義なく可決し、直ちに設立発起人会を組織して申請書を提出する作業に取り掛かることとした。
昭和57年田淵園長の発案で、申請の条件に適合する運動場面積を確保するため、木造平屋管理室を撤去。鉄骨2階建にして建坪を縮小し、また、翌年2月には隣家との境界水路跡地の払い下げを受け、ようやく運動場基準面積を確保した。こうして昭和58年3月の年度末最終日に申請書類を府庁に提出することが可能となったのである。許可は8月22日、登記が完了し、室町学園は9月1日に発足することができた。
室町および室町幼稚園の沿革
| 明治42.3.30 | 阪急電鉄、池田住宅用地27,000坪を買収する。 |
|---|---|
| 明治43.6 | 住宅地の販売を開始する。 |
| 明治44 | 新市街の名で全町24戸から町づくりが始まり、阪急電鉄の手でクラブ建物を設置、1階の大半を購買組合に当てる。 |
| 明治44.春 | 「新市街」を「室町」と改称する。 |
| 明治44.6 | 室町委員会が発足する。 |
| 明治44.12 | 初代室町会長が就任する。 |
| 大正2.11 | 室町クラブの一部に請願巡査派出所を設置、5番町角から移す。 |
| 大正11.春 | 橋詰良一氏が呉服神社に、家なき幼稚園を開園する。 |
| 大正12.2 | 室町会を創設し、公選の役員を選出する。 |
| 大正12.3 | 鳥居外の三角空地に12坪ほどのバラック園舎を建てる。 |
| 昭和4~7 | 池田自然幼稚園と改称する。 |
| 昭和9.6 | 幼稚園経営を室町クラブに移し、クラブ委員辻村又男を園長に推して、11年~15年東園舎を新築する。 |
| 昭和10.9.1 | 室町クラブ建物の有償譲渡について、阪急電鉄と契約書を交わす。 |
| 昭和11.5.17 | 室町クラブ全館、外観を洋式に改築、室町会館と改称し、室町会会則を制定する。 |
| 昭和15 | 室町幼稚園と改称する。 |
| 昭和17 | 戦時中の町内会組織強化のため、政府の方針で室町会を南北2町会に分割する。 |
| 昭和22.4.25 | 室町会は再出発し、高田象一氏が会長に就任。 |
| 昭和25.3.31 | 昭和10年契約の室町会館敷地・建物の分割支払いおよび登記を完了する。 |
| 昭和25.8.26 | 社団法人室町会設立、定款を制定する(理事長高田象一氏)。 |
| 昭和26.2.1 | 幼稚園が阪急電鉄から敷地・園舎の無償譲渡を受け、登記を完了する。 |
| 昭和26.5.29 | 幼稚園が下牧氏から敷地を買収し、登記を完了する。 |
| 昭和27.7.14 | 幼稚園経営関連項目追加のために定款を変更、許可される。 |
| 昭和27.7.31 | 学校教育法第4条により、私立幼稚園として設立許可される。 |
| 昭和28.4.10 | 幼稚園園舎新築、同年9月4日増築完了する。 |
| 昭和31.10.24 | 役員改選を4月1日とすることで定款一部変更許可される。 |
| 昭和31.11.17 | 幼稚園創立35周年記念式典を行い、園歌を制定する。 |
| 昭和33.3.30 | 室町50周年式典を行い、「室町のあゆみ」を発刊する。 |
| 昭和41.12.1 | 住居表示が変更される。 |
| 昭和43.7.1 | 土田素道先生園長に就任。 |
| 昭和44.8.1 | 姫室町の一部が室町に編入され、評議員の届出を受ける。 |
昭和44.11.- |
室町会館全館の修理改装を完了する。 |
| 昭和46.2.26 | 役員選出方法につき、定款第17条「理事および監事は正社員の投票により」を「総会において」に変更、許可される。 |
| 昭和55.4.1 | 田淵隆彦先生園長就任。 |
| 昭和58.2.24 | 幼稚園隣家境界線水路跡地の払い下げを受け登記を完了する。 |
| 昭和58.8.22 | 学校法人室町学園寄付行為(定款の意)許可、直ちに設立登記を完了する。 |
| 昭和58.8.31 | 室町会定款一部変更、許可される。 |
| 昭和58.9.1 | 室町幼稚園沿革史を作成する。 |
| 昭和59.3.15 | 室町幼稚園60年の歩みを発行する。 |
| 平成2.4 | 西山清先生園長就任。 |
| 平成2.5 | 園舎全面塗装および完全防水工事。 |
| 平成2.8 | 全教室照明設備増設。 |
| 平成2.9 | 飛行機型すべり台設置。 |
| 平成2.9 | 小鳥小屋新設。 |
| 平成3.3 | 屋外水槽新設。 |
| 平成3.4 | 階段カーペット貼替えおよび西階段屋根改装。 |
| 平成3.8 | エアーランド購入。 |
| 平成3.12 | 発表会用折りたたみ式舞台購入。 |
| 平成4.4 | 幼児用机・椅子購入。 |
| 平成5.5 | 神田地区干川氏より畑地150m2を借り受けサツマイモ栽培を始める。裏作としてジャガイモ栽培。 |
| 平成5.7 | 園舎増設ならびに改装工事着工。8月末完工(職員室を玄関ホールに改装)(職員室新設)(2階会議室増設)。 |
| 平成6.3 | 旧砂場にタイル式プール新設(温水機付き)。 |
| 平成6.3 | 全室クーラー設置。 |
| 平成7.1.17 | 午前5時45分、阪神淡路大震災発生。午前6時出勤点検の結果、2F水道管破裂一か所、午前10時修理完了。熱帯魚用水槽一か所に亀裂。幼児の反応は親子分離が困難となり、当日は臨時休園、翌日より2週間は自由登園の措置をとる。2月より普通保育。 |
| 平成7.7 | ローラーすべり台新設。 |
| 平成7.9 | パラバルーン購入。 |
| 平成8.12 | トイレ全面改修工事完了。 |
| 平成9.3 | 教室内幼児個人ロッカー入れ替え。 |
| 平成11.3 | 少子化対策特別措置法により、5,510,000円の臨時補助金を受ける(放送用アンプ一式・屋外用掲示板・事務机と椅子各2脚・カラーマット・おしめ交換台等)。 |
| 平成11.8 | 創立80周年事業(前倒し)として、ジャンボコンビネーション新設。 |
| 平成11.11 | 創立80周年用航空写真撮影。 |
| 平成12.4 | 隣接の旧三菱石油寮跡地271.26m2を購入、運動場として利用。 |
| 平成13.7 | 定数変更許可。従来の2学級80名から3学級95名(年小25名・年中、年長共に35名)に変更承認。 |
| 平成13.8 | 玄関ホール改修。園庭遊具ペンキ塗り替え工事。 |
| 平成13.11.16 | 創立80周年記念式典挙行。創立80周年記念誌発行。 |
| 平成14.6 | 新園庭2カ所に花壇設置。 |
| 平成15.3 | 「6年たったら会いましょう」のタイムカプセル作製。 |
| 平成15.8 | 台風10号により、園庭のムクの木が根元から倒れ、ブランコ・回転台・フェンス破損。修理・買い替え。回転カップ・スイングバイキング・フェンス新調。 |
| 平成16.8 | 雨もり修理。職員室流し台の排水口全面付け替え。 |
| 平成16.8 | 教室内全面クリーニング(ダスキン)。 |
| 平成17.3 | 卒園記念品として、三輪車格納台2基寄贈。 |
| 平成17.4 | 三輪車4台購入。 |
| 平成17.9 | SECOM契約。 |
| 平成17.10 | 折りたたみ式テント購入。 |
| 平成17.11 | ホームページ立ち上げ(CNS)。 |
| 平成18.3 | 西山清先生 園長退任 |
| 平成18.4 | 宮田耕太郎先生 園長就任 |
| 平成18.7 | 宮田耕太郎先生 園長退任 |
| 平成18.10 | 佐々木禮子先生 園長就任 |
| 平成19年度~ | 園庭解放(むろまちひろば)を始める ~将棋で遊ぼう~ ~おりがみ~ ~絵本(読み聞かせ)~など |
| 平成20,4,7 | 多目的室増築 竣工式 軽量鉄骨造(71,99㎡) |
| 平成20,5,1 | 未就園クラス(すみれ)開始 <週2回> |
| 平成20.8 | 茶道教室始める |
| 平成21.4 | 防犯カメラ設置 |
| 平成21.8 | ホームページ更新 |
| 平成21.10 | 門扉設置(2箇所) |
| 平成22.5 | クーラー取替(4教室) |


